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パン屋さんの「見えない敵」―パン職人喘息(Baker’s asthma)とは?

喘息・長引く咳

こんにちは。元八事ファミリー内科クリニックの浅野です。

皆さんはパンはお好きですか?
名古屋市天白区には、おいしいと評判のパン屋さんがたくさんあります。私の家族もパンが好きで、天白区にあるお気に入りのお店へよく買いに行っています。

焼きたてのパンの香り。いつ行ってもいいですよね!

しかしながら、あの香ばしさの裏側で、毎日小麦粉を扱って頑張っている職人の方がいます。

そのような職人の中には

「仕事中だけ咳が出る」
「休みの日は楽なのに、出勤すると息が苦しい」

このような症状を持たれている人も多いのではないでしょうか?

その咳はもしかしたら

パン職人喘息(Baker's asthma)、つまり職業性喘息の可能性があるかもしれません。

そこで今回のブログでは、パン職人の方に多い、あるいは家で趣味でパンなどを作っている方に多い、パン職人喘息というものについて、取り上げてみたいと思います。

疫学データが示す現実 ― 製パン従事者の4〜13%が発症

世界各国の疫学研究では、製パン従事者の4〜13%がパン職人喘息を発症していると報告されています。

Prevention of baker's asthma.Curr Opin Allergy Clin Immunol. 2020 Apr;20(2):96-102.

 

さらに、職業性鼻炎というものも見過ごすことはできません。
製パン従事者の方は、喘息症状のみならず、鼻症状(くしゃみ・鼻づまり・鼻水など)が高頻度に認められることが、わかっているんです。

Determinants of asthma phenotypes in supermarket bakery workers.Eur Respir J. 2009;34(4):825–833.

原因アレルゲン ― 小麦粉だけではありません

主な原因物質

原因は小麦粉だけではありません ― 体の“アレルギー反応”が関係しています

パン職人喘息の多くは、アレルギー反応(IgEという抗体による免疫反応)が関係しています。

原因としてよく知られているのは小麦粉ですが、実際にはそれだけではありません。

研究では、次のような物質が原因になりうることが分かっています。

  • 小麦に含まれるタンパク質
  • ライ麦など他の穀物成分
  • 製パン改良剤として使われる酵素(特にα-アミラーゼ)
  • ダニ

 

穀物関連喘息をまとめた総説では、
製パン作業者の中には小麦粉だけでなく、複数のアレルゲンに感作(体が反応しやすい状態)している人がいることが示されています。

Quirce S, Diaz-Perales A.Diagnosis and Management of Grain-Induced Asthma.Allergy Asthma Immunol Res. 2013;5(6):348-356.

また、疫学研究では、

  • 小麦粉に対する特異的IgE(アレルギー抗体)が検出される作業者は約5〜15%
  • 製パン酵素(α-アミラーゼ)に対する感作も一定割合で認められる

と報告されています。

つまり、
「粉を吸いすぎた刺激」だけではなく、体が特定の物質にアレルギー反応を起こしている可能性が高いんです。

人によって、
小麦に反応する人もいれば、酵素に反応する人もいる。
同じ職場でも症状が出る人と出ない人がいるのは、そのためなんです。

 

病態生理 ― IgE依存性アレルギー反応

パン職人喘息の多くはIgE依存性(アレルギー抗体による反応)です。

吸入された小麦タンパクは樹状細胞に取り込まれ、Th2型免疫応答が誘導されます。
IL-4やIL-13の作用によりIgE抗体が産生され、マスト細胞表面に結合。
再曝露時にヒスタミンやロイコトリエンが放出され、気管支収縮が起こって、いわゆる喘息発作がおきるんです。

特異的IgE抗体が検出されても、すべての作業者が喘息を発症するわけではありません。感作と発症は必ずしも一致せず、無症候の感作例が存在することが複数の研究で報告されています。

リスク因子 ― アトピー素因は約4倍のリスク

複数の疫学研究で、アトピー素因(既往のアレルギー疾患)はパン職人喘息の重要なリスク因子であることが示されています。アレルギー体質を持つ作業者は、感作および発症のリスクが高い傾向にあります。

診断 ― 仕事との関連が最大のヒント

診断で最も重要なのは、
症状と仕事の時間的関連です。

「出勤すると悪化し、休むと改善する」
このパターンの場合、パン職人喘息の可能性があるかもしれません。

 

治療 ― 曝露回避が最優先

① 原因物質からの回避

パン職人喘息では、薬だけでは不十分なことがあります。
もっとも大切なのは、原因となっている粉や酵素への曝露(吸い込むこと)を減らすことです。

原因物質にさらされ続けると、症状が長引いたり、悪化したりするリスクが高くなることもあるので、可能であれば原因物質への曝露を減らす努力が大切になってきます。

これは、「仕事を辞めなければ治らない」という意味ではありません。
作業環境の改善や配置転換、防塵対策などで症状が安定するケースもあるんです。

② 薬物療法

パン職人喘息も、基本は通常の喘息治療と同じです。

国際的な喘息ガイドライン(GINA 2024)では、
気道の炎症を抑える吸入薬(吸入ステロイド)が治療の中心とされています。

これは、咳やゼーゼーを一時的に止める薬ではなく、炎症そのものを落ち着かせる、一番基本となる治療なんです。

最近は、

  • 炎症を抑える薬(吸入ステロイド)

  • 気管支を広げる薬

が一つになった吸入薬を、症状があるときに使う方法や、毎日定期的に使う方法が推奨されていたりします。

どの方法が合うかは、

  • 症状の強さ

  • 発作の頻度

  • 仕事での曝露状況

によって変わります。

大切なのは、
咳止めだけで済ませないこと。

気道の炎症をきちんと抑える治療を続けることで、将来的な悪化や重症化を防ぐことがでるんです。

 

予防 ― 職場の環境対策が最も効果的

パン職人喘息を防ぐうえで、いちばん効果があるのは
作業場の空気中に舞う粉を減らすことです。

研究では、

  • ミキサーにふたをする

  • 粉が舞い上がる場所に吸い込み装置をつける

  • 粉が飛びにくいタイプの小麦粉を使う

といった工夫によって、空気中の粉じんを大きく減らせることが示されています。

粉が少なくなれば、吸い込む量も減り、アレルギーのリスクや症状の悪化を防ぎやすくなります。

また、粉じんの濃度が高い環境では、アレルギーを起こしやすくなったり、喘息の発症リスクが上がったりすることも分かっています。

つまり、「なるべく吸わない環境をつくること」が最も大切なんです。

本当に効果的なのは、個人の努力だけに頼るのではなく、職場全体で粉じんを減らす仕組みをつくることだと思います。

早い段階で環境を整えることが、将来の健康を守ることにつながります。

最後に

パン職人喘息は、決してめずらしい病気ではありません。
製パンの仕事に携わっている方の中には、気づかないうちに症状が始まっていることもあります。

「職場に行くと咳が出る」
「作業中に息苦しくなる」
「休みの日は楽になる気がする」

こうした症状がある方は、早めの受診をおすすめします。

名古屋市天白区にある八事ファミリー内科クリニック では、長引く咳や喘息に対して、専門的治療を行っています。

パン職人喘息は、早く気づき、適切な対策と治療を行えば、十分コントロールできる病気です。

「これくらい大丈夫かな」と思わずに、これらの症状がある方はぜひ一度お気軽にご相談ください。

記事監修:元八事ファミリー内科クリニック 院長 浅野貴光(呼吸器専門医、医学博士)

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